ショート・メイヨー複合機(Short Mayo Composite)

水上機

兵器ではないけど珍しい水上機/飛行艇の記事。空中空母に近いと言えなくもない。機械翻訳に頼ったらwikipedia風の記事になったけど、たまにはいいよね。

ショート・メイヨー複合機は、ショート・ブラザーズ社によって開発された長距離水上機と飛行艇との複合機である。
開発の目的はイギリスから北米への信頼性の高い長距離航空輸送を実現することだったが、潜在的には広大な英連邦の各地を結ぶ航空輸送能力も期待されていた。

・開発の経緯
ショート・ブラザーズ社は既に長距離航路を運航可能なエンパイア(Empire)飛行艇を建造していたが、この機体で大西洋を横断するには乗客と郵便物を運ぶスペースを削って燃料搭載量を増やす必要があった。

S.23 Empire G-AETV, named ‘Coriolanus’

しかしこのエンパイア飛行艇に余分なペイロードがあることは知られていたので、それを活用して長距離飛行の出来る水上機を子機として搭載するアイデアをインペリアル・エアウェイズの技術部長ロバート・H・メイヨー少佐が考え出した。
この計画では子機の水上機を母機である飛行艇に乗せ、両者の動力を利用して上昇した後に分離する事になっていた。
なお英国空軍省はこのプロジェクトのために「仕様 13/33」を発行した。

・設計
メイヨー少佐とショート社のチーフデザイナーであるアーサー・グージュが共同で立ち上げたショート・メイヨー複合機計画は、S.20マーキュリー(Mercury:G-ADHJ)号と名付けられた水上機とS.21マイア(Maia:G-ADHK)号と名付けられた飛行艇で構成されていた。

S.21マイア

マイア号はマーキュリー号を支えるために胴体上部に架台やパイロンを備えた、ショート “Cクラス “エンパイア飛行艇の派生型である。
そんなマイアは概ねエンパイアに似た機体だが、細部に大きな違いがあった。
側面がエンパイアのように垂直ではなく、タンブルホーム型になっていて、離陸重量を増やしていた。
またエンパイアと同様に、マイアも18人の乗客を乗せることができた。
マイアが初飛行したのは1937年7月27日で、ショート社のチーフテストパイロット、ジョン・ランチェスター・パーカーが操縦した。

S.20マーキュリー

マーキュリー号は、パイロットと航法士が一人ずつ搭乗する双フロート式の4発水上機だった。
この機体は1,000ポンド(450キログラム)の郵便物と1,200インペリアルガロン(5,500リットル)の燃料を運ぶことができた。
昇降舵とラダーのトリムタブを除くフライトコントロールは、マイアから分離するまでは常にニュートラルでロックされていた。
マーキュリーの初飛行は1937年9月5日で、やはりパーカーが操縦したものであった。

2つの機体を連結する機構は、わずかに動かすことが可能だった。
また上部構造物の前後バランスを示すライトが取り付けられ、これを参考に分離前にトリムを調整できるようになっていた。それぞれの機体のパイロットはそれぞれにあるロックを解除することができた。
ロックを解除した時点でも、2機の航空機は3,000ポンド(13kN)の力が掛かると自動的に解除される3つ目のロックによって一緒に保持されていた。
これは分離時にはマーキュリーが上昇しつつマイアが下降する事で安全に分離出来るようにとの設計だった。

・運用
1938 年 2 月 6 日、メドウェイ州ロチェスター近郊のボースタルにある工場から、パーカーが操縦したマイア号とハロルド・パイパー氏が操縦したマーキュリー号が、初めて飛行中の分離に成功した。さらなるテストに成功した後、1938年7月21日、アイルランド西海岸からカナダのケベック州モントリオール近郊まで、2,930マイル(4,720 km)の大西洋横断飛行が行われた。A.S.ウィルコックソン機長が操縦したマイア号は、ドン・ベネット機長が操縦するマーキュリー号を乗せてサウサンプトンから離陸した。 マイア号にはマーキュリー号の他に10人の乗客と貨物が搭載されていた。この最初の飛行には20時間21分かかり、平均地上速度は時速144マイル(232km/h)だった。

その後もメイヨー複合機は、インペリアル・エアウェイズで使用され続けた。さらに航続距離を伸ばすための改造を行った後、マーキュリー号は1938年10月6日から8日にかけて、スコットランドのダンディーから南アフリカのアレキサンダー・ベイまで6,045マイル(9,728キロ)飛行し、水上機の飛行記録を樹立した。

Short S.26 (X8274)

ショート・メイヨー複合機は、登録番号G-ADHKのS.21マイアとG-ADHJのS.20マーキュリーを合わせた1機のみが製造された。しかしより強力で航続距離の長いエンパイア飛行艇(ショートS.26)の開発、標準的な”Cクラス”エンパイア飛行艇の改良による許容総重量の増加、空中給油技術のさらなる発展、第二次世界大戦の勃発などが相まって、メイヨー複合機は時代遅れとなってしまった。
その後1941年5月11日、マイア号はドイツ軍の爆撃機によって破壊された。
一方のマーキュリー号は 1941 年 8 月 9 日に工場に戻され、アルミニウムを再利用するために解体された。

・計画の遺産
RRSディスカバリー号の近くのテイ(Tay)堤防には防潮堤に取り付けられたブロンズのプレートがあり、これは水上飛行機の世界記録的な長距離飛行を記念したものである。

またアメリカのNASAがスペースシャトル輸送用機構機を開発する際に、メイヨー複合機のコンセプトを参考にしたと言われている。

・参考文献

Short Mayo Composite - Wikipedia
Short-Mayo Aircraft - Wonders of World Aviation
Launching a heavily loaded seaplane from the back of a flying boat. This chapter describes the Short-Mayo composite aircraft. The composite machine represents o...
Robert Mayo Short Aircraft Engineer's Concept
aerostories, des avions et des hommes.aerostories, planes and people.
シャトル輸送機 - Wikipedia
日本と世界の飛行艇 写真特集:時事ドットコム
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Short S.20 Mercury S.21 Maia (Mayo)

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