雨-straw

降りしきる雨の中、傘も差さずに一人の男が歩いて行く
くすんだ街並みに溶け込むような灰色のコートに身を包み、帽子を目深に被った彼はバイオリンケースを肩にゆっくりと歩む
辿り着いたのはとある建物の屋上
気怠げにケースを開け、20年来の得物を組み立て始める
彼は殺し屋、それも100人は屠ったベテランである
組み立てた得物を構え、雨音の奏でる旋律を耳に標的を待つ
ふと旋律に乱れを感じた彼は、振り返る間もなく背中に硬いものが突き当てられる感触を覚える
「見つけたわよ。殺し屋め」
「…。」
まだ少女であろうその声に、彼は黙したまま動かない
ただ、在りし日の仕事を思い起こしていた

ーー彼の放った弾丸に倒れる男性
それにすがりつき、泣き叫ぶ少女

その泣き声と、たった今後ろから向けられた声
それは紛れもなく同じものだった
「答えなさい、なぜ父さんを殺したの?」
少女が問う
「…金の為だ」
彼は答える
「それだけ?たったそれだけのために…?」
「そうだ。そうやって俺は生きてきた」
少女の怒りが震えとして背中に伝わるが、臆することなく彼は答える
「そんな理由で…私の父さんを奪ったの…!?」
震えを押さえるように、しかし怒気の篭る声で問う少女
「それが生きるということだ。他者を害し、自らが生きる。動物も植物も変わりない、自然の摂理だ」
それは彼の長年の持論であった
「…そう。なら、ここで私が貴方を殺すのも、自然の摂理ということね」
少女の声が冷たくなると共に伝わる震えは止まり、背中の感触が緩やかに心臓の位置へと移る
「過去の清算が摂理であるかは、俺の知るところではない。だが、君には俺を殺す権利があるだろう」
「…何か言い残すことはある?」
彼の答えを受け、話にならないとばかりに少女は問う
「特にない…が、強いて言えば一つ頼みがある」
「なに?命乞いならあの世でしてちょうだい」
一向にペースを崩さない彼に、少女は苛立つ
「君の顔を見せて欲しい。俺を殺す人間の顔を」
一瞬、彼の言葉に戸惑う少女
その動揺が背中の感触を介して彼に届く
「…いいわ。せいぜい焼き付けて、あの世で詫び続けるといいわ。武器を置いて、ゆっくりと手を挙げなさい」
何を思ったのか、少女は彼の頼みを聞き入れる
「…わかった」
指示通り彼は得物を置き、両手を頭の上に挙げる
「ゆっくりと振り返って。妙な動きをしたら撃つ」
背中の感触が消えるのを感じた彼は、ゆっくりと振り返る
…彼は長年修羅場をくぐり抜けた男だ
このまま少女の武器を奪い、返り討ちにすることは容易だろう
しかし、彼はしなかった
彼はゆっくりと顔を上げ、少女の顔を見る
成長してはいたが、あの日の面影が残る顔…
それは間違いなく、あの少女だった
「…ありがとう。人違いではなかったようだ」
そう言うと、彼は満足気に目を閉じる
「気は済んだようね。なら…」
彼の眉間に、少女の銃が突きつけられる
「私の人生を…返してもらうわ」
乾いた炸裂音、人の倒れる鈍い音
それを雨音が?き消して行く
彼の顔は苦痛に歪んでいたが、しかし口元には笑みが浮かんでいた
立ち去る少女、残された男
そして何事もなかったかのように、ただ雨は降り続けた

 

・メンバーの感想

まうお:ライトじゃないノベルのような表現。纏まってるが感情を揺さぶるような要素は少ない。

tatsunoko:こういう少しダークな感じ私好きです。殺し屋の男が、どうしてその少女を覚えていたのか、なぜ抵抗しなかったのか、あたりの描写がもう少しあると良いかなと思いました。

20km:好きなシチュエーションだということが伝わってきた。