エストニアのPN-3「祖国の救世主」戦闘機

偵察機

実はエストニアも戦闘機作ってたんだよって記事。しかも単発機なのに複座。

PN-3 “Isamaa Pästja”(エストニア語で祖国の救世主)は、エストニア製の戦闘機・偵察機。

開発の歴史はエストニア空軍の近代化の為に開発が始まった高速複座訓練機まで遡る。
この機体は高速化し続ける諸国の戦闘機と同等の機体を乗りこなせるパイロットを育成するためのものだったが、高速の複座機である事を活かして偵察や観測に用いる予定もあったという。また開発者の航空機生産能力を証明するデモンストレーションでもあったとかなかったとか

最終的にこの計画はエストニア航空クラブ(Eesti Aeroklubi)のV.ポストとR.ノイドルフによって設計された高速戦闘機として完成し、おそらく開発者のイニシャルからPN-3と名付けられた。なお「祖国の救世主」という渾名は非公式のものである。試作機は1939年に製造され、同じ年に初飛行した。

エンジンは425kW(570馬力)のロールス・ロイス・ケストレルXIを搭載し、最高速度は395km/hを達成した。本来は格納式の着陸装置を予定していたが、試作機は経済性と開発のスピードアップのために固定式の着陸装置で製作された。

また兵装は7.62mm機銃2門を予定していた。(1つは機首同軸、もう1つは後部旋回。ただし試作機には武装なし)なお同軸機銃を2つとする資料もあり、その場合は旋回機銃と合わせて3門となる。機体は木金混合構造で、主翼が木製だった。胴体フレームは鋼管で作られ、前部はアルミ合金板、後部は羽布で覆われた。

結局第二次世界大戦の勃発とエストニアのソ連占領により計画は中断され、量産化には至らなかった。
一機だけ完全した試作機はエストニア空軍に納入され、後に訓練機として使用された。
その後は独ソ戦の混乱の中で喪われたと考えられている。

・諸元
乗員:2
初飛行:1939年1月
製造数:1
全長:9 m
全幅:10.65 m
全高:3.2 m
エンジン:ロールス・ロイス ケストレル XI 12気筒液冷V型エンジン(430kW, 570hp)
プロペラ:可変ピッチ、三枚羽
最高速度:395 km/h
武装:2 × 7.62mm機銃

・参考文献

Aviotehas PN-3 - Wikipedia
Post & Neudorf  (Aviotehase) PN-3

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