十一年式軽機関銃の「嘘」

機関銃

エイプリル・フール先取り企画という事で、ミリタリ界隈の嘘…というよりは誤解を紹介していくよ。
今回のターゲットは十一年式軽機関銃!

十一年式軽機関銃と弾薬(パブリック・ドメイン)

まず十一年式軽機関銃とはなんぞやというと、日本の銃開発ではお馴染みの南部麒次郎さんが開発した初の国産軽機関銃だ。大正11年(1922年)に採用されたので「十一年式」。
外語文献によるとオチキスM1909ベネット・メルシエ機関銃を参考にしているらしい。
開発は南部さんが以前に開発した三年式機関銃がベースとなっている。そして三年式機関銃が参考にしたのは同じオチキスでも「保式機関砲」としてライセンス生産されたMle1897重機関銃(の6.5 mm弾仕様)であり、機構的には別物らしい。(ただし形状に関しては十一年式軽機関銃とM1909ベネット・メルシエは似ているので、参考にした可能性はゼロではない
ちなみに「保式機関砲」の改良・国産版として三八式機関銃が存在するが、余談となるので割愛。

三八式実包(パブリック・ドメイン)

作動方式はガスオペレーション、使用弾薬は三八式実包(6.5 × 50 mm SR)。その他スペックは諸元をご覧ください。
整備の行き届いた状態ならば十分な精度を誇っていたが、価格の高さや銃身交換の難しさなどの欠点もあった。

Japanese Type 11 LMG
実際の動きは参考文献として記した動画を見るとわかりやすい。

最大の特徴とされるのは給弾方式で、歩兵小銃用の挿弾子(クリップ)を銃左側のホッパー型の容器(装填架)に入れる事で機関銃専用の弾倉や保弾板、ベルトリンクなどを必要としないメリットがあった。うちの国は資源がカツカツだから弾倉などに使う資源がバカにならないのだ。
もっともこの構造は精密でゴミや汚れなどに弱く作動不良を起こしやすかったという意見もある。

解説図 (https://www.forgottenweapons.com/ より引用)

もう一つの大きな特徴として、大きく右にオフセットされたストックがある。これは左側に設けられたホッパーによって偏った重量バランスを相殺する目的と、銃の上面にある弾薬に塗油するための缶を避けて右側に配置された照準器を使い易くする目的があった。
また外語文献及び動画によればこの配置によって右肩に構えた際には右側に、左肩で構えた時には左側に良好な視界が得られるメリットもあるという。

十一年式軽機関銃を構える国境警備隊員(パブリック・ドメイン)

後継の軽機関銃(九六式、九九式)たちが完成すると共に最前線からは退いて行き、最終的に1941年に生産は終わった。しかし残った銃は二戦級の部隊や、根こそぎ動員された本土部隊で運用されたという。


さて、この銃に関する「誤解」とは何かというと「ストックを取り外し、上下を反転させて取り付ける事で潜射銃として使える」というものである。

M1903スプリングフィールド小銃をペリスコープライフルとしたもの(パブリック・ドメイン)

潜射銃とはペリスコープライフルの日本における呼称の一つで、塹壕に身体を隠したまま銃だけを外に出し潜望鏡を通して照準できる銃のことだ。

付属品と十一年式軽機関銃(パブリック・ドメイン)

まず困った事に、wikipedia日本語版(2020年3月9日閲覧)では記述の出典が明示されていないし、また外語文献ではこの手の記述は見られない為、雑な言い方をすると日本語圏のみに存在する話である様子。
実際マニュアルを見てもそのような使い方をする手順は記されておらず、付属品の欄にも潜望鏡の類は記載されていない。ただし未確認ながら床井雅美著「世界の銃器」に「海軍潜射機関銃試作」として十一年式軽機関銃を潜射形態にしたような形状の図面が記載されているとの情報がある。

問題の図面(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JPC_159143/BC511B2CFB203F3666B821E0EFA24F8E/00/ja)より

また頂いた情報から上記の図面と同じものが記されているという海軍の特許の内容を見たところ、確かに潜射用ストックの図面が確認できた。

特許の詳細(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JPC_159143/BC511B2CFB203F3666B821E0EFA24F8E/00/ja)より

しかしこの特許の出願は昭和13年(西暦1938年)11月11日、登録は昭和18年(西暦1943年)9月25日であるため、採用が大正11年(1922年)かつ生産終了が1941年である十一年式軽機関銃に最初から備えられた機能である可能性は限りなく低いと考えられる。
なお十一年式軽機関銃の後継である九六式軽機関銃の採用は昭和13年(西暦1938年)6月であり、翌年には更なる後継機銃である九九式軽機関銃が開始されている。

以上から「十一年式軽機関銃を潜射銃とする計画ないし試作銃」はあったものの、「そもそもの十一年式軽機関銃に潜射銃として使用できる機能はなかった」と結論付けるものである。

間違ってたら誰か教えて

・諸元(十一年式軽機関銃)
口径: 6.5×50 mm SR 三八式実包
製造期間: 1922-1941年
運用期間: 1922-1945年
製造数: 29000
銃身長: 443 mm
装弾数: 最大30発
作動方式: ガス圧作動方式
全長: 1,100 mm
重量: 10.3 kg
発射速度: 500発/分

・参考文献

日本語…

十一年式軽機関銃 - Wikipedia
ホッチキス Mle1914重機関銃 - Wikipedia
十一年式軽機関銃(11式軽機関銃)
九六式軽機関銃 - Wikipedia

特許

j-platpat

外語…

Type 11 light machine gun - Wikipedia
Type 11 Nambu LMG
Kojiro Nambu, one of Japan’s most prolific arms designers, developed the Type 11 light machine gun as an adaptation of his previous Type 3 HMG design. The Type ...
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動画…

Japanese Type 11 LMG Disassembly
Japanese Type 11 LMG
実際の動きは参考文献として記した動画を見るとわかりやすい。

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